ビカクシダ(コウモリラン)の胞子培養は、発芽まで2〜4週間、鉢上げできる株になるまで12〜18ヶ月かかります。 成功を分けるのは技術より2点だけ——水苔をしっかり殺菌することと、フタを早く開けすぎないことです。失敗の大半はこのどちらかです。

株分けと違い、胞子培養では親と少しずつ違う個体が生まれます。同じ胞子葉から数十株を同時に育てられるのも、この方法だけの魅力です。8月から秋にかけては胞子葉が成熟し、胞子の採取に適した時期にあたります。

胞子培養と株分けはどう違うのか

どちらも増やし方ですが、目的がまったく違います。手軽さを求めるなら株分け、個体差と量を求めるなら胞子培養です。

方法鉢上げまでの期間遺伝的な性質向いている人
株分け(子株)4〜8週間親と同じクローンすぐ増やしたい、株を保存したい
胞子培養12〜18ヶ月交配により個体差が出る選抜したい、大量に育てたい

胞子培養では、同じ親から採った胞子でも葉幅や貯水葉の形に差が出ます。この差の中から良い個体を選ぶのが、いわゆる選抜の第一歩です。

胞子はいつ、どうやって採取するのか

胞子がつくのは胞子葉(鹿の角状の葉)の裏側で、丸い貯水葉にはつきません。多くの種で、葉先寄りに大きな茶色いビロード状の斑(胞子嚢群)が現れます。

採取のサインは3つです。

  • — 緑がかった黄色から、濃いチョコレート色に変われば成熟
  • 質感 — 少し粉っぽく、スエードのような手触りになる
  • こすり取り — 指で軽くこすると、細かい茶色の粉が落ちる

成熟した部分を切り取り、胞子嚢群を下にして白い紙の上に置きます。上からもう1枚紙をかぶせて風を遮り、24〜48時間そのまま置いてください。葉をどけると、紙の上にサビ色の粉が残ります。これが胞子です。紙を折って封筒状にすれば、常温の乾いた場所で6〜12ヶ月は保存できます。

[!IMPORTANT] 胞子は空気で簡単に飛びます。エアコンやサーキュレーターを止めた無風の部屋で作業してください。一度風に乗ると、採取分がまるごと失われます。

容器と水苔の準備:カビを防ぐのはここ

家庭での胞子培養がうまくいかない原因は、ほぼこの工程にあります。胞子は、空気中を漂うカビや藻類の胞子と同時に発芽します。先に相手を減らしておくしかありません。

用意するもの:

  • 密閉できる透明容器 — 100均のタッパーやパック容器で十分です
  • 水苔(ニュージーランド産などの長繊維)を細かく刻んだもの
  • 熱湯(蒸留水か雨水が理想)とスプレーボトル

容器の底に刻んだ水苔を2〜3cm敷き、熱湯を全体に回しかけて完全に浸します。これで表面の雑菌をかなり減らせます。余分な湯を捨て、フタをして完全に冷ましてください。水苔は「濡れているが水が溜まっていない」状態が正解で、ひとつかみ握って数滴落ちる程度が目安です。

日本の栽培者の間では、これに加えてベンレートなどの殺菌剤を規定倍率で薄めて散布する方法も広く使われています。熱湯消毒だけで足りないと感じる場合の保険と考えてください。

播種から前葉体まで:フタは開けない

冷めた水苔の表面に、茶色い胞子の粉をごく薄くふりかけます。多いほど良い、ではありません。 密集した前葉体は互いに競合して大半が枯れるため、うっすら色がつく程度で十分です。

まいたらすぐ密閉し、次の条件に置きます。

  • 明るい日陰 — 北側の窓辺、または弱めのLEDを1日12〜14時間
  • 温度20〜26℃で安定 — 日本の夏は室温が上がりすぎるため、エアコンのある部屋が無難です
  • 直射日光は厳禁 — 密閉容器は短時間の直射でも内部が高温になり、中身が煮えます

そして4〜6週間はフタを開けないでください。 ここで確認したくなる気持ちが、いちばんの失敗要因です。2〜4週間で水苔の表面にうっすら緑の膜が出てきます。ルーペで見ると、数ミリのハート形をした平たい組織——前葉体が無数に並んでいるのが分かります。

前葉体の上で受精が起きるには、表面に薄い水の膜が必要です。密閉を保つ理由はここにもあります。霧吹きで足そうとすると、そのたびに雑菌が入ります。

胞子体の出現から鉢上げまで:期間とスペーシング

播種から4〜8ヶ月で、前葉体のじゅうたんから小さな緑の芽が立ち上がってきます。これが胞子体、つまり見慣れたシダの世代です。最初は細い棒状の葉で、ビカクシダらしい股分かれは5〜6枚目の葉からようやく現れます。

胞子体が1〜2cmになったら、慣らしを始めます。毎日少しずつフタをずらし、2〜3週間かけて完全に開けた状態まで持っていきます。ここを数日で済ませると、せっかくの胞子体がまとめて萎れます。

鉢上げ(スペーシング)は、胞子体が3〜5cm、葉が3〜4枚ついてからです。水苔ごと小さな塊で持ち上げ、新しい水苔を敷いたトレーに3〜4cm間隔で植え替えます。この間隔が狭いと、その後の生育が目に見えて落ちます。以降は蒸留水で毎日霧吹きし、明るい日陰を維持してください。

12〜15ヶ月ほどで個別に板付けできる大きさになります。板は15〜20cm程度の小さめを選びます。施肥を始めるのは、最初の股分かれした胞子葉が出てからで、規定の1/4濃度から。それより早い施肥は、根が追いつかず傷むだけです。

うまくいかないときの原因別チェック

症状原因対処
緑の膜が出ない胞子が古い/未成熟、または播種前から汚染新しく採取してまき直す
カビが広がった水苔の殺菌不足、フタを開けるのが早い点なら除去、全面ならやり直す
前葉体は出るが胞子体にならない表面が乾いて受精できていないフタの内側を軽く湿らせて再密閉
胞子体が出た後に倒れる慣らしが速すぎた3〜4週間かけてやり直す
夏に一斉に枯れた容器内の高温直射を避け、20〜26℃を保てる場所へ

種類によって難易度も違います。最初の1回はビカクシダ・ビフルカツムベイチーのような、発芽率が高く低めの温度にも耐える種から始めるのが確実です。リドレイのような熱帯性の種は、家庭環境では格段に難しくなります。

胞子培養は、ビカクシダという植物の生活環を実際に目で追える唯一の方法です。12ヶ月の忍耐と引き換えに、株分けでは決して得られないもの——自分だけの個体群が手に入ります。


外部参考:UF/IFAS Gardening Solutions — Staghorn Fern(英語)